出窓なもコラム第3回「ひとは選ばれて地下アイドルになるのではなく、選ばれるために地下アイドルになる」

「アイドルは矛盾という落とし穴を見ずして、物語を歩いていかなくてはならない」、「応募資格:心身ともに健康な女性」と、アイドル業界のコラムを連載してくれている出窓なも。
第3回目である今回は「ひとは選ばれて地下アイドルになるのではなく、選ばれるために地下アイドルになる」をテーマに執筆。

「誰だってアイドルになれる」時代

まあだいたい、「誰だってアイドルになれる」時代だ。
楽曲性、規模感などなど選ばなければの話だけれど。
実際、便所飯出身・未経験どころか音痴の私だって、一応なれてしまった。(約3年前に解散済み)
オーディションらしいオーディションはなく、面談の後に形ばかりとでも言わんばかりにドレミを復唱させられて、数日後に合格通知が来た。

「地下」アイドルなんて、わりとそんなものなのかもしれない。
流石に私の例は流れるようにことが進みすぎているが、少なくともオーディションを手当たり次第受けて落ちて受けて落ちて……という時代ではないだろう。
そんな現状が、「アイドル」を無数に産むのである。
アイドル、アイドルグループは増えすぎてもはや飽和して、需要と供給のバランスは崩れ始めている。オタク(何度も記しますが私は便宜上色々な思いを飲み込みオタクと表記しております)の取り合いになっているような界隈もある。

かつて誰しもの憧れ(或いは嫉妬の対象にもなりえた)を指す言葉だったはずの「アイドル」は、はるか遠くでまばゆく光る星ではなくなった。

 

なぜ「アイドル」になるのだろうか

そんな世界で、私たちはなぜ「アイドル」になるのだろうか。

アイドルがなる側にとっても見る側にとっても相対的に手近になった今、アイドルのモチベーションのベクトルは様々である。
歌って踊るのが好き、褒められたい、存在を認められたい、そんな場所があればいいというアイドルもいれば、いずれは武道館とかZeppとか、とにかく大きなあのステージに立ちたいと志すアイドルもいる。
音楽性にこだわるアイドルもいれば、表現に凝るアイドルもいる。

私は、どうだったろう。
大きな志なぞなく、それなりの動機さえあったのか疑わしい。
ただ、演劇部上がりで台詞とト書きがなければ黙り込んでしまう私は、舞台という安全地帯に引きこもっていたかっただけかもしれない。

『ポエトリープの出窓なも』を演じてよ」 

活動初期、求められる姿と自分自身のアイデンティティやありたい姿との乖離に悩む私に、ある運営が言った。
(ポエトリープというのは私が所属していたグループ名です)

その日から私は、なるべくその通りに振る舞おうとした。
それは苦しく、心地いいことだった。
私は、「ポエトリープの出窓なも」という私だけの「役」を与えられることで、そこに居場所を見出していたのだと思う。
いずれにせよ、アイドルがアイドルになった理由の核には「何者かになりたい」という意識的・無意識的な願望があることも多いのではないだろうか。

しかし、現代社会において、アイドルになれたからといって何者かになれたかというのは微妙なところだ。
むしろそれはよほどの規模感でない限りリスキーなことであり、なんならフリーターと紙一重であることも少なくない。
私たちは、残念ながら、アイドルになるだけでは「選ばれし何者か」にはなれないのだ。

 

原始、アイドルは太陽であった。
今、アイドルは月である。
山口百恵、松田聖子、中森明菜……
昔は遠くで光る恒星だったアイドル像に対して、今日のアイドル像は、世間やオタクと相互に影響を与え合って輝きを変える惑星のイメージに近いかもしれない。
(そしてそれは一概に悪いことではなく、面白みや奥行きを生み出しもする)
(一昔前のアイドルたちが全くもって一方的な存在だったとも限らないが、規模感が小さくなりSNSの発達した今日のそれと比べたときの話だ)

かといって、これはざっくばらんなたとえであって、アイドルが自ら光を放つ力、すなわちカリスマ性、タレント(才能)を失ったというわけではない。
ただ、初期設定としてアイドルは必ずしも恒星ではなくなったということだ。
(無論、現代においても多くの国民が知るようなグループというのは存在して、そこからデビューできることがそもそも何者かになれる・である能力を備えていることを意味する場合もある)
恒星になれるアイドルはそう多くはない。
自ら光を放ち、かつ他の星々と影響しあって輝きを変え星座を作っていくような星になれるかどうかは、そのアイドル人生が始まってから決まっていくのだろう。

 

選ばれるためにアイドルになる

「アイドル」という肩書きは私たちを何者かにはしてくれない。
私はことあるごとに自分のアイドル活動やグループを、「大成しなかった」だの「鳴かず飛ばずだった」だのと表現してしまう。
それは卑下などではなく、社会一般から見た事実なのだ。
キャパ300人のライブハウスを埋められずに解散するグループに所属していて、親を安心させられるか?
もっともそれが全てではないけれど、少なくとも私は「元アイドルです」と、それを誇らしい経歴として胸を張って語ることはできない。
だからこそ、分かる。

私たちは選ばれてアイドルになるのではなく、選ばれるためにアイドルになるのだ。
私は、選ばれなかった。
それだけの話だ。

 

ただ、補足として、もうひとつ言えることがある。
客観的に見れば瑣末なアイドル活動でも、主観的な感覚としては、それはそれは大切でかけがえのない1年5ヶ月だった。
私の失敗は、「選ばれなかったこと」ではなくて、「選ばれるためにアイドルであることを選び続けられなかったこと」なのかもしれない。

ともかく。
全てのアイドルのアイドル人生、そしてその予後がよからんことを。

 

著者情報:出窓なも
心理学科卒、一年半留年し、現在社会人一年目。
「魔女」と呼ばれるなど順風満帆ではない大学生活を送る。学外に居場所を求め、チェキの撮れる定食屋、メイドカフェ、ミスiD、地下アイドルなどさまざまな場所を転々とする。
好きなものはパッションフルーツ。苦手なことは蝶々結び。

 

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