出窓なもコラム第2回「応募資格:心身ともに健康な女性」

応募資格:心身ともに健康な女性
地下アイドルのメンバーオーディションの応募資格一文目の相場である。
(もちろん、例外も数多く存在する。最頻値的な話だ)
今日は、もはや当たり前すぎて読み飛ばしてしまうこの一文について考えたい。
※後半に「自傷行為の過激な描写のある画像」があります。強い不快感に繋がる場合がありますので、苦手な方は閲覧をお控えください。

テキスト:出窓なも

運営とアイドルは結果として相互に選びあって成立する

まず、地下アイドルの諸々を営みとして捉えた時、運営とアイドルは結果として相互に選びあって成立することとなる。
ジムの契約なんかと大体同じである。
つまり、双方は対等であり、あるべきだ。

そして、そのためには契約が明瞭である必要がある。


某グループのオーディション

その点、「心身ともに健康な」というのはどうだろう。
運営側、保険をかけすぎていないだろうか。
それは明瞭で公正な契約に適っているだろうか。

と思いつつ、気持ちも分かる。
地下アイドルというのはしばしばライブを飛ばしたりそもそもグループから飛んだりする。
ツイッターで事後報告の【大切なお知らせ】が流れてきてもいちいち身構えないくらいには、狭く広い地下アイドル界ではある意味日常茶飯事だ。
なんならすぐ病みツイもするし、マイナスプロモーション的な発信もしたりする。
(もちろん、真面目に真面目なアイドルをやっていらっしゃる方もたくさんいて、それは当然重んじられ尊敬されるべきだし、とても魅力的だ)

つまるところ、運営が言いたいのは「心身ともに健康な」というよりかは、「病んでない・面倒臭いタイプのメンヘラじゃない」なのではないだろうか。
そう書いたら流石にまずいから「心身ともに健康な」になるわけだけれど。
しかし、その詳細や定義は誰がどう決めたりあるいは判断できるのだろうか。

そもそも、地下アイドルになりたい女性に、真に、誰がどう見ても「心身ともに健康」な人ってどれだけいるのだろう。
少なくとも、自らが地下アイドルになることを必要としている女の子というのは、どこかしらに陰や傷や古傷や欠けを抱えていることも多いのではないだろうか。

契約としてどうこうを置いておいても、そんな女の子たちを一挙に切り捨てるこの一文は、本当に、オーディションの応募資格の一文目に必要で、相応しいのだろうか。
リスクマネジメントとして妥当なのだろうか。

 

アイドルとオタクの関係は極めて双方向的

自らがアイドルになることを必要としている女の子というのは、おそらく、誰か(たとえば、アイドルオタク ※私はオタクという言葉を積極的に使う人間ではないが、あえてここではオタクと呼称することにする)にとってもアイドルとして魅力的で必要な女の子だ。

完全に健全な女の子だけを集めてアイドル活動をしたいのなら、それは地下でなくともいいのではないか、というのは言い過ぎだろうか。

地下アイドルという世界には、オタク側の欠けや至らなさまで肯定して寄り添おうとする文脈があると感じる。
同時に、地下アイドル界においてアイドルとオタクの関係は極めて双方向的なものである。

ならば、アイドルがオタクの欠けを受容する姿勢をとる時、オタクもアイドルの欠けを受容しているのではないか。
(これは円環的因果律的な話だろうが)

アイドルの欠けは受容されるし、さらに言えばオタクが受容されるためには需要にもなりうるのではないか。
つまり、一定数のオタクは、欠けや陰や傷のある女の子を受容する準備ができているし、むしろ求めていたりするのだろう。  

ならば、運営が「”心身ともに健康”でない」女の子をアイドルとして迎え入れることは、彼女自身を救うばかりか、そんな彼女を求める「”心身ともに健康”でない」オタクたちを救い、掬いとることになる。

それを踏まえ差し引いても、「”心身ともに健康”でない」女の子を事務所に迎え入れることはリスキーで避けるべきことなのだろうか。

たとえば半袖を着られない女の子はアイドルになるべきではないだろうか。
たとえば学校に行けない女の子はアイドルになるべきではないだろうか。
たとえば消えたいと心から願う夜がある女の子は、アイドルになるべきではないだろうか。
たとえば私は、アイドルになるべきではなかっただろうか。

 

必要なのは「心身ともに不健康な女の子」だったりするのかも

元地下アイドルである私は紛うことなき「”心身ともに健康”でない」側の人間だ。
ステージに立っている25分間だけは全てのしがらみや呪いを忘れられたけれど、袖に戻った瞬間その負債みたいなものが利息付きで私を襲って、ステージ以外の生活は以前にも増してボロボロだった。
それでも、私はアイドルになったことを後悔していない。


比較的ハードコアな「心身ともに不健康」な一例だった出窓なも
(※お察しください ※画像をタップでモザイク薄めを表示)

運営は、「”心身ともに健康”でない」私にさぞ手を焼いただろう。それでも、私をアイドルにして後悔していないだろうか。
(私が辞めてからのオーディションにも「心身ともに……」の記載は足されていなかったということは、そういうことだと捉えたい)

オタクは、「”心身ともに健康”でない」私をときに心配し、やきもきしただろう。それでも、私というアイドルを好きになって後悔していないだろうか。
私は、「”心身ともに健康”でない」なりに、だからこそ、誰かの痛みに触れて、撫でて、少しでも救うことができただろうか。
できていた、と思いたいのだ。

ポエトリープ
出窓なもの所属していたポエトリープ

地下アイドルという世界が、いわゆる地上のアイドルとの差別化として下位互換的な意味合い以上のものを持つならば、それは比喩的でなく極めて直接的に、寄り添い・救うことができるという部分がひとつ大きいだろう。

そのために必要なのは、「心身ともに不健康な女の子」だったりするのかもしれない。
(もちろん、そのぬるま湯は泥沼でもあるのだから、浸って不健康に甘んじる必要なんてなくて、ひとはいつだってできるだけすこやかであるべきですよ)

 

著者情報:出窓なも
心理学科卒、一年半留年し、現在社会人一年目。
「魔女」と呼ばれるなど順風満帆ではない大学生活を送る。学外に居場所を求め、チェキの撮れる定食屋、メイドカフェ、ミスiD、地下アイドルなどさまざまな場所を転々とする。
好きなものはパッションフルーツ。苦手なことは蝶々結び。

 

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